小島基成の全てのチューニングをポジティブに

小島基成のブログ。

「最終少女ひかさ解散発表に寄せて」

最終少女ひかさ解散発表の2週間程前、Vo.の但野正和から電話があって、1時間8分41秒話し込んだ。

言いたい事は言ったし、聞きたい事も聞いた。

途中、正和と俺の立場が逆なら、正和は俺になんて言うんやろうなって何度も思った。

何度も思って、結局、言えることなんて、本質的には何にも無いことに気付いた。

全部、野暮になるもんな。


散々話した末の最後の会話。

基成「今から何するん?」
正和「今からスタジオで個人練」
基成「俺も今から練習やわ!」

ソノ夜はしんどいから、もう寝ようと思っていたのは、ここだけの話。


コイツ相変わらずストイックやわ。
負けてられんわ。
って無理して練習して、眠った。


ソノ2日後にインフルエンザにかかってしまったのは、ここだけの話。


例えばもしムシケが解散を発表したとして、ひかさみたいに、これだけの人がこれだけの反応を返してくれるだろうか。

無いやろうなぁ。

なんというか、その部分だけをとってみても、変な言い方だけれど、ひかさのことを羨ましいと思った。

それと同時に、やからこそ、もったいない、と。

その状況を俺らによこせ、俺らならもっとこうしたる、ああしたるって、そうか、もうこれすらも思えんくなるんか。


初めてあったのは京都nano。

あれは何年前や。

確か2013年やったから、そっか、もう4年近くになるのか。

結局、最終少女ひかさっていうバンドがあるうちにムシケは同じ土俵まで上がる事は出来なかった。

スタートは同じような場所からやったはずやのに、随分と差が開いちまった。

でもまぁ、解散したらば、勝負(っていうのがもしあるとするならば)は俺らの勝ち。

お前らの分も売れたるから、安心して散ってこい。

なんて、これも最後になるんやなぁ。

いくつかの、眩い夜が、記憶の中をチラチラいったりきたりしよる。

奴らの初めての企画(161倉庫)、小島基成企画(ファイアーループ2001)、漢だらけ(Duce)、因縁(161倉庫)、あの夜の続き(ソーコアファクトリー)、あの夜の終わらせ方(アポロベイス)、あ、ハードレインもあった。

どれもこれも死闘やったし、最高の夜やったし、最後は勝ち負けとかそーいうのやない場所へまで行けたような気がしているし、行ったし、また、夜を分け合いたかった。

また一瞬にライブしたかったなぁ。


ぼくにとって最終少女ひかさというバンドは負けたくないのに勝ちたいとは思わない、稀有のバンドでした。

戦友でした。

でした。


奴らの旅はもうゴールが見えて、後は到着するだけ。

悲しいやら、妬ましいやら、寂しいやら、羨ましいやら。

そっか、奴らはもうこの地獄という名の天国という名の地獄=ステージの上に上がらなくてすむのか。

あのキリキリするくらいの緊張感も、ギリギリの攻防も希望も絶望も、それらの先に稀に訪れる一瞬の歓喜も、全部置き去りにして、それぞれの居場所へと帰っていくのか。

その先にまた、それぞれの新しい旅は始まっていくのか、それとも道はそこで途絶えて、違うステージに移るのか、どうなのだろうか。


いいものを作ってれば、そのうち何処かでひょっこり再会できる。
カタチは変わったとしても、また、いつかどっかで。

そう信じて、僕らは僕らの道を進むだけ。


また、どっかで。

また、必ず、何処かで。


ムシケの旅の途上でまた、最終少女ひかさのメンバー達と巡り逢える日を俺は楽しみに、楽しみにして、もうちょっとだけこのステージの上にしがみついていこうと思います。


最終少女ひかさへ
ムシケより

逃げんなや。


嘘。


お疲れさん。

残りのライブ、精一杯、全力でな。


最終少女ひかさへ
ムシケより


愛を込めて。


ムシケVo.小島基成


Ps.ギターのしゅんきが俺に電話してこなかった件については、一生根に持ちます。
  1. 2017/04/26(水) 01:00:53|
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