小島基成の全てのチューニングをポジティブに

小島基成のブログ。

基成ラジオ 其の二十一 「キャラバンと絵描き」

 キャラバンという言葉の響きに、無条件で胸が高鳴ります。
 そこにシルクロードという言葉が重なればもう気分は夢見心地。
 砂漠を駱駝と一緒に越えていく自分の事を想像して、なんとも言えない、開放的な気分に。
 絵描きという言葉にも惹かれます。ぼく自身が1ミリも絵心がない人間なので、よけいに。
 画材をもって、これまたシルクロードを旅して、ペルシャやイスタンブールを経て、フィレンツェ、パリ、飛んでエジプト、戻ってローマ、・・・フト現実に戻り、ポエトリー・リーディングしながら、そういう旅をしてみたいなぁ、と思い、けれどすぐに、言語の壁や、旅費や、オケどうしようかとか、なんかしょっぱい考えがたくさん出てきて、妄想が収縮していく。
 いつでもそうやったなぁーと。
 学校やバイトに行く電車の車内、フト気まぐれが起こり、目的地を通り過ぎて、降りたこともない駅まで行って、下車。
 そこから物語は加速。
 巻き起こる奇想天外な事件の数々により、これまでの単調な人生が一気に変わっていく、ということをやってみたい、と思い、よっしゃーと思うものの、すぐさま、今日休んだら単位がなぁーとか、バイトブチッたら迷惑かかるし、というしょうもない理性が働く。というか働いてきた。
 だからか、そういうことを平気でやってのける人に、ぼくは心の底から感嘆する。
 すごいなぁーと憧れる。
 この前、梅田にてスタジオ帰り、このまま単調に電車に乗って帰りたくない、という衝動に駆られ、散々悩んだあげく、時の広場に行くことにした。
 行く。
 わー新しくなってから初めて来たかも―と思いながらふと見渡すと、エスカレーターがまだまだ上に繋がっていて。散々迷った末(実際には即座に行動したのだけれど、自分の体内時計的には)、上に行った。
 なんか、自分としては一つ殻を破ったような心持ちで。
 無駄なことをするのはめんどくさいし、浪費した時間のもったいなさに愕然とする。
 と言いながら、家の中では散々無駄なことをしているし、休みの日にはだらだらと過ごす。
 そのくせに、放浪したいなぁ―とかいう願望を平気で口にしては、めんどくさくなる。
 ようはフリしているだけなのだけれど、この時のぼくは紛いなりにも行動に移した。
 その結果、何がどうなったというわけではなく、ただ屋上に出て、街の明かり、山肌の明かりが綺麗で、わーこんな場所あんねんやー、と寒さに凍えながら思っただけなのだけれど、なんというか、やっとこさ俺も無駄を楽しめる人間に近づけたかぁと。
 無駄を楽しむということは敷衍して言うと、人生を楽しむということに極めて似ているのだと。
 勿論、捉え方は人それぞれであって良いと思うし、ぼくの価値観はぼくの価値観でしかないので、賛同して貰える人は大いに賛同して貰えると有り難いのだけれど、えーなんかそれはちゃうわー、という人はそれはそれでもっともだと思う。
 けれどまぁ、ぼくとしては最近になってようやく、無駄なことを出来るような人間に成長したのだよ、というよくもわからない報告みたいな、それを書いてみたという回でした。
 
 六月から、ちょっと考えていることがあります。
 今回のことに繋がることなので、目一杯無駄にしたいなぁとか思います。 
  1. 2013/01/30(水) 15:22:32|
  2. 基成ラヂオ
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