小島基成の全てのチューニングをポジティブに

小島基成のブログ。

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娘が産まれて、3・11が少しだけ近くなって

娘が水に呑み込まれ、流され、冷たい遺体に変わる。
想像の先に訪れる一瞬の痛み。
その痛みの先に東北が微かにゆらめく。

七年前に二十二歳だったぼくは、大学を卒業したばかりで、バンドを解散させる前で、まだ今のカミさんと付き合ったばっかりで、ガラケーに送られてくる
「できるだけ多くの人に転送してください」
というメールを何のためらいもなく転送して、転送した先の同業者(うたうたい)から
「デマや風評を煽るから気軽にそういう行為をしないほうがいい」
というようなニュアンスの返信を叩き付けられ、その時ぼくはカミさん(当時は彼女。まさか結婚して貰えるなんて、思いもしていなかった)とライフ(スーパー)で買い物をしていたのだけれども、いったい何の具材を買っていたんだっけ。
まだアルコールをやめる前だったから、お酒をたくさん買い込んでいたような記憶がある。

娘がカミさんから出る母乳を飲んでいる。
 
彼女達が最後に口に含むものが、濁った泥水でないことを心のそこから祈る。
けれど、同時にこうも思う。
ぼくや娘やカミさんが、ここで、この家で、あたたかい灯油ストーブの前で、団欒できているのは、本当にたまたまそうであっただけでしかなく、ぼくや娘やカミさんではなくて、あなたの家族や友達や最愛の人達がどうして、人生最後の瞬間に濁った泥水を口にしなければならなかったのか。
どうして、ぼくではなくあなただったのか。
 
アクチュアリティーのない夜にというどうしようもない曲を発表して、けれど、あれがどうしようもないぐらいに当時のぼくのリアルで、それに蓋をして、頑張れや、負けないでや、原発反対や賛成や、リツイートや転送やイイネや絆や思いやりや、募金や支援やボランティアや復興や、インスタバエや、あれから七年たった。
あれから七年。
あれからってなんや。

娘が母乳を飲み終えて、笑っておる。

結局のところ、人は一人で産まれてきて、一人で死んでいく。

ええか、おまえも最後、死ぬときは一人やぞ。おまえは一人っきりで産まれてきたんやし、一人っきりで死んでいくんやし、やから、強く生きろ。
な、一人で生きていくんやぞ。

娘がぐずって泣きだす。

人は元来孤独だ。
ぼくの精子とカミさんの卵子からできた、いうなればぼくとカミさんの分身みたいな娘とでさえ、共有しきれないポイントがたくさん存在する。
親子でさえそうだ。
こいつが何で泣いてるんか、ほんまのほんまはようわからん。

けれど、同時にこうも思う。

孤独と孤立とは違う。
そして、共有は出来なくとも、共感ならできる。
娘が笑ってれば嬉しいし、泣いていると辛い。
彼女が笑っていれば抱っこしたくなるし
彼女が泣いていると抱っこしたくなる。

画面越し

街が津波に流されていく

たくさんの人達が逃げ惑っている

あの流されている車や家の中にも
娘がいる

共有はできなくても共感はできる。

そして、完全ではなくても
たとえそれが完璧ではなくても

共有もできると信じている

3・11

今もぼくは考え続けています。

ぼくはあのとき

どうすればよかったのか。

娘にキチンと伝えなければならない。

この国でなにが起こって
ぼくがそのとき、何を見て、何を考えて、どう行動したのか。

娘はカミさんと二階にあがった。

ぼくは一階の作業場で、ひとり、考えている。

娘が産まれて、3・11が少しだけ近くなった。

たくさんの死者達の上で、生者達は立っている。

魂が

少しでも癒やされていくことを

祈っています。



ムシケ、フロント

小島基成
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  1. 2018/03/11(日) 09:43:44|
  2. 日々のこと
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「最終少女ひかさ解散発表に寄せて」

最終少女ひかさ解散発表の2週間程前、Vo.の但野正和から電話があって、1時間8分41秒話し込んだ。

言いたい事は言ったし、聞きたい事も聞いた。

途中、正和と俺の立場が逆なら、正和は俺になんて言うんやろうなって何度も思った。

何度も思って、結局、言えることなんて、本質的には何にも無いことに気付いた。

全部、野暮になるもんな。


散々話した末の最後の会話。

基成「今から何するん?」
正和「今からスタジオで個人練」
基成「俺も今から練習やわ!」

ソノ夜はしんどいから、もう寝ようと思っていたのは、ここだけの話。


コイツ相変わらずストイックやわ。
負けてられんわ。
って無理して練習して、眠った。


ソノ2日後にインフルエンザにかかってしまったのは、ここだけの話。


例えばもしムシケが解散を発表したとして、ひかさみたいに、これだけの人がこれだけの反応を返してくれるだろうか。

無いやろうなぁ。

なんというか、その部分だけをとってみても、変な言い方だけれど、ひかさのことを羨ましいと思った。

それと同時に、やからこそ、もったいない、と。

その状況を俺らによこせ、俺らならもっとこうしたる、ああしたるって、そうか、もうこれすらも思えんくなるんか。


初めてあったのは京都nano。

あれは何年前や。

確か2013年やったから、そっか、もう4年近くになるのか。

結局、最終少女ひかさっていうバンドがあるうちにムシケは同じ土俵まで上がる事は出来なかった。

スタートは同じような場所からやったはずやのに、随分と差が開いちまった。

でもまぁ、解散したらば、勝負(っていうのがもしあるとするならば)は俺らの勝ち。

お前らの分も売れたるから、安心して散ってこい。

なんて、これも最後になるんやなぁ。

いくつかの、眩い夜が、記憶の中をチラチラいったりきたりしよる。

奴らの初めての企画(161倉庫)、小島基成企画(ファイアーループ2001)、漢だらけ(Duce)、因縁(161倉庫)、あの夜の続き(ソーコアファクトリー)、あの夜の終わらせ方(アポロベイス)、あ、ハードレインもあった。

どれもこれも死闘やったし、最高の夜やったし、最後は勝ち負けとかそーいうのやない場所へまで行けたような気がしているし、行ったし、また、夜を分け合いたかった。

また一瞬にライブしたかったなぁ。


ぼくにとって最終少女ひかさというバンドは負けたくないのに勝ちたいとは思わない、稀有のバンドでした。

戦友でした。

でした。


奴らの旅はもうゴールが見えて、後は到着するだけ。

悲しいやら、妬ましいやら、寂しいやら、羨ましいやら。

そっか、奴らはもうこの地獄という名の天国という名の地獄=ステージの上に上がらなくてすむのか。

あのキリキリするくらいの緊張感も、ギリギリの攻防も希望も絶望も、それらの先に稀に訪れる一瞬の歓喜も、全部置き去りにして、それぞれの居場所へと帰っていくのか。

その先にまた、それぞれの新しい旅は始まっていくのか、それとも道はそこで途絶えて、違うステージに移るのか、どうなのだろうか。


いいものを作ってれば、そのうち何処かでひょっこり再会できる。
カタチは変わったとしても、また、いつかどっかで。

そう信じて、僕らは僕らの道を進むだけ。


また、どっかで。

また、必ず、何処かで。


ムシケの旅の途上でまた、最終少女ひかさのメンバー達と巡り逢える日を俺は楽しみに、楽しみにして、もうちょっとだけこのステージの上にしがみついていこうと思います。


最終少女ひかさへ
ムシケより

逃げんなや。


嘘。


お疲れさん。

残りのライブ、精一杯、全力でな。


最終少女ひかさへ
ムシケより


愛を込めて。


ムシケVo.小島基成


Ps.ギターのしゅんきが俺に電話してこなかった件については、一生根に持ちます。
  1. 2017/04/26(水) 01:00:53|
  2. 日々のこと
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一夜明けて

何年か前にやっていた(確かNHKで)ドラマ版のロンググッドバイで
「何の見返りも求めず、ただ自分が正しいと思う方を選ぶことのできる人間」
という科白があって、わーすごく良い科白だなー、と。
その科白を聞いて以来、ぼくの中でのハードボイルドの定義が
「自分の正しいと思った道を、なんの見返りも求めずに選べる人」
になって。

6年前、ぼくの中の
「自分の正しいと思った道」は「現地になりふり構わず行く」ことで、他人がどうあれ、世間がどうあれ、その道を「なんの見返りも求めずに貫く」ことで、それを糊塗して、酒でごまかして、テレビをみながら、涙を流そうとしている場合じゃないだろう。
なぁ、お前。
そんな場合じゃないだろう。

コンビニのレジを打ちながら、現地に「行かない」ことを「行けない」ことに置き換えて、芋焼酎飲みながら、それらしいことを賢しげにツイートしていた、あのとき、あの瞬間。

ぼくはとことん格好悪く、うだうだグダグダ言い訳が多く、アタマの中を正当化する術、手管を駆使するのに精一杯で、必死で、一言で言うなら醜悪だった。

「今なら」

熊本で地震がおこって、東日本大震災の時「やらなかった」ことを実行して。
周りが何を言おうが、他人にどう思われようが、「自分の正しいと思った道」を行って。
けれど、果たしてそれは、「なんの見返りも求めずに」だったのか?
「売れる為」に、「そのキッカケの為」に、という、「見返り」は求めていなかったのか?
違うよな。
そこまで、かっこよくはあれなかったよな。

結局のところ、「東日本大震災」の時にかっこ悪かった自分を乗り越えるために「熊本地震」を利用した。

「アクチュアリティーのない夜に」という作品を発表している立場として、どう見られて、どう求められて、どう行動しなければいけないのか。

頭の中には、様々な自分が様々な角度で格闘し合っていた。

3.11から六年経って、熊本地震から約二年が経って、まだまだ、まだまだ、「自分の正しいと思った道を、なんの見返りも求めずに選べ」てはいないし、いまも、日々、悶え、悩み、苦しみ、足掻き、闘い、それでも、少しでも、マシな人間になろうと、努力し、研鑽し、律し、今もこうして、この場所に。


「自制するために克己すると自律する」

この六年間で、ぼくが辿り着いたささやかな結論です。

ようするに、「少しでもマシな人間に成り続けていく為に、自分で決めた美学は守り続けていく」ということです。

ぼくは今も、この瞬間も、自分に負けたり、勝ったり、を繰り返し、繰り返し、繰り返しながら、前向きに生きています。

そして、それが、ぼくの6年間です。


いくつもの枝分かれした道の一番さきっぽが、今。


朝から洗濯機を回して、干して、パンを焼いて、スクランブルエッグとレタスとタマネギのサラダと昨晩の残り物の冷製パスタと生ハムと、コーヒー。
毎日新聞を読みながらカミさんと今日の予定について話す。

おだやかな日曜日。

車を買い換えようかどうか迷いながら何時間もネットで中古車サイトをあっちこっち飛び回り、筋トレして、たこ焼きを買いに出かけ、食べ、晩飯の牛タンを買って、食べ、レッドブル飲みながら、いくつかの、自らが選択した道の、一番さきっぽの未来。

つまりが、いま。

そんな何気ない日常が一瞬にして流されていったあの日。


「死ぬその寸前、瞬間、願わくば死したその後にまで、一秒たりともサボらないように努力し続ける」

それが、「アクチュアリティーのない夜に」というどうしようもない作品をYouTubeにUPし続けているぼくという人間の、選択です。

いくつもの枝分かれした道の一番さきっぽで、今日も。

いまも。


2017.3.12

ムシケVo.小島基成
  1. 2017/03/12(日) 22:46:45|
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一晩たって読んだ告知メールが意外としっくりときたので

夏が雲の上を通り過ぎていって(まだ暑いけれど)、秋が向こう岸でクラウチングスタートの構えをみせていて、いつのまにか、九月になっちまった。

フィリップ・マーロウが

「タフじゃないと生きていけない
けれど
やさしくないと生きている資格がない」

と言ってました(意訳)。

己の生き方=美意識を貫くというのは時にとても困難を伴います。

様々な誘惑がこの下界には存在するし、その誘惑に打ち勝つのは、中々にハードな作業で、
はたからみれば、笑止千万な事でもとうの本人にとってみれば大まじめな事もあって、線引きは難しい。

昨晩、告知メールで、迷惑メールのように、勝手に送らせて貰った文章、一晩たってから読み返してみたら、わりとしっくりと書けていたので、それを元にしながら、のこの文章です。

勝手にマンスリーなんちゃらの9月版。

ナレーションを入れるならば
「ここで場面は変わって」
とかになるんでしょうか。

8月版のムシケ企画に出て頂いたリトルキヨシ先輩が
「大切な場所で大事に育てているイベントに呼んでくれたムシケ」
と書いてくれていて、おぉ我が意を得たり、と。

江坂pinefarmという大切な場所で、paranoid circusというイベントを大事に育てています。

もし、良かったら一度のぞきにきて下さい。

なるべく、タフで、やさしい、空間を作れるよう、ムシケ努力しています。

招待状のつもりで。

9月のゲストは戦友、山田好転が率いる「水、走る」(レゲエとダブと褒め言葉でフィッシュマンズを彷彿とさせるグルーブと名メロディー。めちゃ好きなんです)と国吉亜耶子and西川真吾Duoが生まれ変わったAndare(ホンマにかっこいい、本物、サイボーグ、ストイック120%、必見、必聴、ライブでみて欲しい)。

なんでや、と韻を踏んでみたらば、もうすぐ、あーきですねー。

今年の夏はいかがやったですか?

また、現場でお話出来る日を心待ちにしております。

人生の一コマ、美しい日々があったかく、まだまだ、続いていきますように。

かしこ。

ムシケVo.小島基成


ムシケ presents 「paranoid circus Vol.3」
日時:2016/9/24(土)
会場:大阪 江坂Pinefarm
出演:水、走る/Andare(ex.国吉亜耶子and西川真吾Duo)/ムシケ
開場:19:00
開演:19:20
charge2500円(1D付)
※19:20-19:50分の30分間はオープンマイク。
事前エントリー制。定員最大5名。
持ち時間は最短5分〜最大30分まで、当日のエントリー数によって変動します。
尚、エントリーの際には当日受付にてcharge2500円(1D付)を支払い願います。
ジャンルは勿論フリー。
詩人のポエトリーリーディングから一人芝居、落語、フリップネタ、ダンス、漫才などなど、ジャンルは問いません。
エントリーはmusikepoetry@gmail.comまで、件名に「オープンマイク参加希望」と記載された上で、本文に簡単なプロフィールと連絡先をそえて、お送り下さい。


ps.前回、方々から、長いわって言われたので、今回は短めで。

追伸を読んだよ-って言って貰えれば喜ぶんで是非言ってくださいね(笑)

では、これにて。
  1. 2016/09/01(木) 10:00:29|
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サヨウナラの仕方を忘れたぼくらへ

「札幌」

という街を思い浮かべた時に、まず浮かんでくるのは


寒い
大地
探偵はBARにいる

みたいなものだったし、別に今まで自分の人生とはそんなに、というか全然、関わり合いのない土地だったし、今後もそんなに深くコミットしてくることのない土地なんだろうなぁ、と思っていました。
漠然と。

それが、今では、「札幌」と聞いたらたくさんの仲間の顔が浮かんでくるし、元気かなぁ、頑張ってるんかなぁ、頑張ってるなぁ、俺も頑張るか、って。

最終少女ひかさ、こうじ君(東谷、4Days Man's Studio)、勇人(中川)、ゆきちゃん(中川)、光太郎(堀木)、タツロウ(サドンナ)、京くん(奥山)、高野さんに、るぅみぃーさんに、サタケさん、しゅうこさん、名前を聞きそびれた凄くイケてた方、(順不同、わざわざ俺なんかのライブに貴重な身銭と時間を削って遊びに来て頂いて本当にありがとうございました)、161倉庫、LOG、スピリチュアルラウンジ、DUCE、たくさんのうまい飯屋に一緒に夜を作ってくれた共演者にハコのスタッフさん、関係者の皆さん。

ピストル(竹原)さんが、昔、街に帰るんやなく
、人に帰っていく、みたいなことをブログで書いていたような気がするんやけれども、最近になってその意味がおぼろげながらに分かってきたような気がします。

4、5年ぐらい前、一週間ぐらい、ピストルさんに街から街へ、歌い場から歌い場へ、連れて行って貰った事があって。

その時に、「あぁーいいな、俺もこんな風に生きてみたいな」と思って、今でもそれが自分の人生の極北の理想として確かにあります。

うん、今でもあの時に感じた、何か大事なものが、ちゃんと自分の中に根付いている。

ひとつの大切な指針として、確かに、ある。


街から街へ
歌い場から歌い場へ


次はいつ札幌にポエトリーリーディングしに行ける事になるのか。

今の所はまだ分らないのだけれど、なにかと理由をつけてまたライブしに行かせてください。

タイミング、流れ、風向き、いろいろな理由があって、たまたまその場に奇跡みたいな確率で集うのがライブなんだと。

ライブというものを
ライブというものが持っている力を
俺は信じています。

良かったらまた一緒にライブしてくださいね。

ライブというものは、こちらが一方的にするものでも、客席が勝手に盛り上がるものでもなく、双方向に、心と心を通わせて、高みを目指して、えっちらおっちらと。

一瞬の美しい刹那。

そこに辿り着きたいし、その景色を見てみたいし、一緒に共有してみたいです。

だから、良かったら、また是非一緒にライブを作ってくださいね。


それまでどうかお元気で。


「サヨウナラの仕方を忘れたぼくらへ」

という曲を置いていきます。

ぼくが初めて書いたライブ用の詩(曲)です。

7年か8年かたって、ようやく納得のいく形で作品にする事が出来ました。

おそらく、この地点がギリギリ、作品として成立させる事ができるギリギリ最後の地点、だったのかな、と。

あれだけ苦しかった日々も
あれだけ悲しかった日々も
あれだけ辛かった日々も
あれだけキツく惨めだった日々も

ずいぶんと過去のものになりました。

傷口は膿み、化膿して、また膿み、けれども少しずつ、少しずつ、ふさがり、治癒されていき。

たまに、ズキズキと疼くコレは多分もうあの頃のソレとは違っていて、あの頃の深刻さは失われてしまって。

けれども、それが、本当の意味で乗り越える、強くなる、やさしくなる、救われる、という事なんじゃないかな、と、今では思えています。

俺はあの頃、聴く音楽がなかった。

正確には、俺の痛みを引き受けてくれる表現と出逢う事が出来なかった。

そして、だからこそ、この詩を書いたんだと思います。
自分が生きていく為に、どうしても必要な表現やったんだと、思います。

つい最近、この「サヨウナラの仕方を忘れたぼくらへ」という曲を書かざるを得なかった、大きな原因のひとつが見事に解決されました。

その時に、「あぁ自分の中でのこの曲の使命みたいなものがやっと終わったのやな」と。

そして、引き続き残っているものは、永遠に解決される事のない「死」とそれでも生きていかなくてはならない、ぼくらの「未来」のこと。

この曲が、この詩が、この映像が、今、「現時点」で苦しみ、痛み、悲しんでいる、アナタにとっての、何らかの助け、救いみたいなものになってくれる事を、ぼくはどれだけか願ってやみません。

本当に必要な方へ
本当に必要な場所へ

どうかこの作品が届いてくれますように。

2016/7/19(火)

新千歳⇨関空行きの空の上から。

ムシケVo.小島基成



小島基成(from.ムシケ) / サヨウナラの仕方を忘れたぼくらへ@2016/7/17札幌LOG

言葉 小島基成
track 高山裕樹(from.生野中学校)
監督 東谷虎二(4Days Man's Studio)。

http://youtu.be/Paei5tyz8aU



Ps.マイホームタウン大阪につきました。
暑い。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました!!
  1. 2016/07/19(火) 15:16:19|
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